ニュース
ボンガ・パーキンス、16年ぶりに北泉海岸を訪問!
ハワイ出身のプロ・サーファー、ボンガ・パーキンスとは!?
ロングボードがリバイバルし、多くの人がその魅力の虜になった1990年代のサーフシーン。当時、コンテストで大活躍していたのがボンガ・パーキンスだ。日本にもたびたび訪れ、多くのサーファーを熱狂させた彼は、2度のASP(元WSL)世界ロングボードチャンピオンに輝いた人物。そんな彼が2026年5月、16年ぶりの福島を訪れた。目的は南相馬市で最も有名な伝統行事「相馬野馬追」と、北泉海岸のローカルサーファーとの再会だ。

いざ、南相馬市の伝統行事「相馬野馬追」へ!
国の重要無形民族文化財に指定されている相馬野馬追。5月23日から3日間に渡り行われた祭典では、約400騎の騎馬武者が甲冑をまとい市内を練り歩いた。1000年も続く歴史的な行事には、日本の真髄が詰まっている。

「今まで見たことがない景色に出会えた。日本にまた感動した」と語るボンガ・パーキンス。写真は相馬野馬追の見どころである「甲冑競馬」と「神旗争奪戦」が行われた雲雀ヶ原祭場地。全国から多くの人が訪れ、会場は熱気でいっぱい!

人馬が一体となって駆け抜ける「甲冑競馬」。先祖伝来の旗指物をなびかせながら疾走する姿は勇壮で、観る人の心を揺さぶる。

数百騎の騎馬武者が一斉に駆け出し、天中高く打ち上げられた二本の御神旗を奪い合う「神旗争奪戦」。その迫力に観客のボルテージも最高に。

「たくさんの歴史と文化のある日本をリスペクトしている」とボンガ。まるでタイムスリップしたかのような非日常体験と街中に広がる大きなエネルギー、日本ならではの景色にテンションもMAX! 大充実の1日を過ごした。

愛日家ボンガの素顔と今
「日本に通い始めて30年以上。10代から何度も来ている。誰も知らないだろうけど、僕のパスポートのスタンプは日本が一番多い。生まれ育ったハワイにもどこか似ていて、落ち着く」と言う。現在は大会を退き、地元のハワイで子供達とファンサーフを楽しむ日々。とはいえ、聖地ハワイのビッグウェーブにも変わらず挑む。

2008年パイプラインの波に乗るボンガ。2026年に北泉海岸で再会した彼は、先月ハワイ・ワイメアのビッグウェーブでサーフィンしたばかりだと話していた。54歳になった今もサーフィンの実力は健在だ。

えぶなみ北泉の公式キャラクター「えぶな民」。エアリアルを得意とする「サタジャ」は、北泉海岸の人気フォトスポットに。サタジャの横でリラックスした様子を見せるボンガ。海を眺めながら、「ここは波がいい。僕のコンテスト人生で、何度も訪れたよ」と思い出に浸る。

北泉海岸の駐車場では佐藤広プロと談笑。「えぶなみサーファーズインタビュー」でお馴染みの広さんとも久しぶりの再会だ。夏の北泉海岸の安全を守るライフセーバーチーム「モンステラ」にも所属する広さんは、彼は以前からボンガ・パーキンスの大ファン。
「2010年ぶりだね! また会えて本当に嬉しいよ!」と広さん。「初めて会った時、大興奮したのを今でも覚えてます。当時は『あんな凄いサーフィンができるサーフボードってどんなシェイプなの!?』って、ローカルみんなでボンガのボードを研究しまくりました(笑)」。
“日本好き”へのきっかけをくれた北泉海岸へ感謝
世界中のコンテストを転戦したボンガが「トップ3に入る思い出」と語る戦いは、実は福島にある。それは同じハワイ出身のケコア・ウエムラと優勝を競い合った2007年のジャパンツアー。会場はこの北泉海岸だった。

「彼は当時、ボードシェイプにはまっていて、自分でシェイプした板で大会に出た。ところが『なんか調子良くなくて。ボンガの板を貸してくれない?』と。僕は2本持っていたから喜んで貸した。そしたらファイナルで一緒になっちゃって。『ボード返してくれ』って冗談で言ったよ。でも彼はグーフィスタンス、僕はレギュラー。結果、何の取引もなく、お互いにベストなサーフィンができた。地元ハワイじゃなく、日本の試合だったのもいい思い出だよ」と笑顔を見せる。

さて、久しぶりに訪れた北泉海岸は、今も変わらずグッドウェーブ。ボンガはここで何度もサーフィンをして、楽しい時間を過ごしてきた。
「18歳で初めて訪れたこの海は、日本を好きになるきっかけをくれた場所。地元のサーファーともたくさん友達になった。この場所を離れた人もいるけど、また戻ってきて欲しいな」。
“エブリデイ、波がある北泉海岸”。波の数だけ思い出は増えていく。
この場所は、サーファーにとって、いつまでも“パラダイス”なのだ。

◉Staff
Photo: Kenyu
Text: Akemi Kan




